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津地方裁判所 昭和28年(行)3号 判決 1954年7月14日

原告 浜地武 外一一名

被告 四日市公共職業安定所長

主文

被告が昭和二十八年三月二十日に原告曹菊煥に対してなした当日より当分の間失業対策事業への紹介を停止する旨の決定はこれを取消す。

原告曹菊煥を除く原告等の請求はいずれもこれを棄却する。

訴訟費用はこれを十分しその一を被告その余を原告曹菊煥を除く原告等の連帯負担とする。

事実

原告等訴訟代理人は被告が昭和二十八年三月六日原告浜地武、同水谷秀夫、同松川栄太郎、同伊藤進、同福村英一、同渡辺奈美子、同長谷川満、同荒井孝行、同杉本義夫に対し、又同月二十日原告井上義男、同鄭陽基、同曹菊煥に対してなした失業対策事業及び一般日雇労務への紹介を停止する旨の決定はこれを取消す、訴訟費用は被告の負担とするとの判決を求め、その請求の原因として被告は原告等に対し夫々請求趣旨の如く失業対策事業及び一般日雇労務への職業紹介拒否の処分をした。被告の右拒否処分の理由は原告等が四日市公共職業安定所の行う職業紹介業務を阻害したから職業安定法第十七条同法施行規則第十三条及び昭和二十四年労働省訓令に基いて拒否したものであるというのであるが原告等にかかる事実はない。被告は原告等が昭和二十八年三月二日の四日市公共職業安定所における暴力行為等の嫌疑により検挙せられたことに基いてかく考えるのかも知れないが原告等のなかには起訴されていないものもいるのみならず右犯罪の嫌疑により検挙若しくは起訴されたのみで有罪の確定判決があつたわけでないからこれを以て原告等が右行為をなしたと断定することはできない。殊に原告曹菊煥に付ては同原告は当日右職業安定所に出頭さえもしていないのである。原告等は毎日の如く同安定所に詰めかけて被告等に食つてかかつているのでなく被告が就労紹介行為につき不当の措置に出た場合原告等が結成する四日市自由労働組合の有する団体交渉権に基き被告に抗議的交渉をして来たもので昭和二十八年三月二日にも同安定所の不当措置に対し被告と団体交渉を行つたもので組合活動として当然の権利を行使したものである。仮りに右三月二日の同団体交渉において原告等の言動に粗暴な点があつたとしても右は団体交渉としてなした正当な行為であるからこれを以て職業紹介拒否の理由とすることは不当である。又仮りに右団体交渉の過程における原告等の行動に逸脱した点がありそれがため処罰せられるようなことがあつてもそれは職業紹介とは別個の問題であつてこれを以て就労適格者である原告等に対する職業紹介拒否の理由とすることはできない。

被告が不法にも職業紹介を拒否するに至つた実質上の理由は被告並にその上司は労働組合幹部及び強硬分子をも含む大量的な首切を計画し、たまたま原告等の一部の者が右三月二日の事態にて検挙せられるやその一環としてこの挙に出たもので原告等のなす組合活動弾圧の意図を暴露しており官僚による反国民的反動的な旧日本的支配の復活を図らんとするもので自由労働者の生活権蹂躪以外の何者でもなく本件処分の違法なることは論を俟たない。そもそも最も重要なことは人間が自己の生命を維持し得るか否かにある。原告等は働く意思と能力を有するものでありしかも事業主体である四日市市の市長は右拒否後原告等の失業対策事業への就労斡旋に協力したに拘らず被告は容認しないからここに原告等は自己の生活権を守るため本件違法の処分の取消を求めるため本訴に及ぶと陳述し被告の本案前の抗弁に対し被告のなした本件拒否処分は原告等に対する長期に亘る職業紹介拒否の行政的決定であつてその日その日の求職人員の都合その他の事由による「アブレ」などとは本質的に相違し原告等の無料で職業紹介を受け得る権利を不当に侵害するものである。凡そ行政訴訟は国民の権利が行政庁によつて不当に否定制限された場合はすべてこれが救済として許されるものであり本件の如き不当な行政的決定が行政訴訟の対象とならないと考えるのは復活しつつある官僚主義的頭脳の何者でもないと述べた。(立証省略)

被告指定代理人は本案前の抗弁として原告等の訴を却下する、訴訟費用は原告等の負担とするとの判決を求め、被告は原告等に対しそれぞれその主張の日に失業対策事業への紹介を停止する旨の決定をなしその旨通告したが一般日雇労務への紹介は拒否していない。しかも右拒否の処分なるものは次にのべるとおり被告の処理方針を表明したに止まり抗告訴訟の対象となる具体的な行政処分ではない。即ち日雇労働者の求職の申込み及び紹介に関しては日々の申込みについてその日に紹介する制度になつているのであるが実務上は事務の煩瑣を防ぐため暦月の初めに申込めばその後は日々の申込の手続を省略して出頭しさえすれば申込があつたものとして取扱うことになつているものであるところ、原告等は四日市公共職業安定所の職業紹介業務に重大な支障を生ぜしめ失業対策事業の正常な運営を阻害するところがあつたので被告は原告等の反省を促し自粛を求めんとする政策的配慮から原告等主張の日に原告等に対しそれぞれ今後原告等については失業対策事業への労務紹介をしない旨を決定しそれを通告したに過ぎないのであつて右の通告それ自体は法律上何らの効果を伴わない無意味の措置であつて原告等との法律関係を形成する意思表示ではないから行政処分ということはできない。よつて右通告を行政処分なりとしてこれが取消を求める原告等の本訴請求は不適法として速かに却下さるべきである。

本案につき原告等の請求を棄却する、訴訟費用は原告等の負担とするとの判決を求め原告等主張事実中被告が原告等に対しその主張の日にそれぞれ失業対策事業への紹介を停止する旨決定しそれを通告したことは認めるが一般日雇労務への紹介停止をしたことはなく其の他の事実も争う。本件拒否処分は行政処分であるとしても求職者に対して職業を紹介するか否かは被告の自由裁量に属し紹介を拒否しても違法の問題は生じない。即ち公共職業安定所は求職者にその有する能力に適当な職業に就く機会を与えることによつて工業その他の産業に必要な労働力を充足し、もつて職業の安定を図るとともに経済の興隆に寄与することを目的として設置せられたものであつてその行うところの日雇労働者の職業紹介についてはその設置の趣旨に従い適法な求職の申込を受理するとともに適格者を適職に紹介すること、換言すれば不安定な職業状態にある日雇労務者のために常に求人数の確保をはかるとともにその能力に適合した職業を紹介し一方求人者のためにはその雇用条件に最も適合する求職者を紹介することを本来の使命とする。かくの如く職業安定所が求職者に対して果す機能はいわば便宜の供与であり、求職者に何らの義務を課すものではなく且つ求職者が如何なる職業に適合するかは職業安定所の技術的判断にまつべきであつて紹介の原則を訓示するに止まる法の趣旨も亦ここに存するものといわねばならない。従つて職業安定所が求職者を如何なる職業に紹介するか又多数の求職者中より如何なる者を選択して紹介するかは全くその自由な裁量に委ねられているのであるから原告等に職業の紹介を拒否しても何ら違法の問題は生じない。しかのみならず被告が原告等の職業紹介を拒否したのは次のような理由によるもので何ら不当の点も存しない。即ち失業対策事業は一定の地域に多数の失業者が発生したときに臨時に事業を実施し失業者を吸収することによつてその失業者が一定の職業に就くまでの間の生活の安定を図り労働力の保全を期するとともに事業の実施によつて経済の興隆に寄与しようとするものであつて他の企業における如く労働力を必要とする事業が先在する場合とは異なり又単に労働者に生活の資を得せしめんとする社会事業ともその趣旨を異にし臨時に失業者を集めてなされる事業であり、且つ相当の仕事の能率をあげんがため失業対策事業には厳正な規律と秩序を保つことを最も必要とする。しかるに原告等はかねがね失業対策事業に関して四日市公共職業安定所に対して種々要求をなして来たのであるが遂に要求の範囲を逸脱して前示職業安定所の職員に対して脅迫的言辞を弄し昭和二十八年三月二日の行動は特に著しく直接身体に暴行を加え或は不法軟禁し電話線の切断その他備品の損傷等の不法を行い又連日所内において多数来所する一般求職者に対して机上からアジ演説を試みる等前示安定所の紹介業務を不当に攪乱して正常なる業務の運営を妨害しこのため紹介業務に重大な支障を生ぜしめ一方失業対策事業の事業場においては常に職場を離脱し事業主体に強要、陳情を行つて職場の規律、秩序を乱すことが多かつたので被告は失業対策事業並びに職業紹介業務の円滑な運営を期するためやむを得ず原告等の失業対策事業への紹介を拒否したのであつて何ら不当の点はないから原告等の請求は失当であると述べた。(立証省略)

理由

原告等は被告が昭和二十八年三月六日原告浜地武、同水谷秀夫、同松川栄太郎、同伊藤進、同福村英一、同渡辺奈美子、同長谷川満、同荒井孝行、同杉本義夫に対し又同月二十日原告井上義男、同鄭陽基、同曹菊煥に対し右決定日より当分の間失業対策事業及び一般日雇労務への紹介を停止する旨の決定をなしたと主張し被告が原告等主張の如く失業対策事業への紹介を停止する旨の決定をなしたことは被告の認めて争わないところであるが被告が右失業対策事業への紹介の停止と共に一般日雇労務への職業紹介をも停止する旨の処分をなしたとの事実に付ては証人鈴木一男、同早川周蔵(第二回)、同南正矩、同加藤量久の各証言を綜合すれば四日市公共職業安定所において原告等全部に対し前示決定当時より同年九月頃迄の間一般日雇労務への紹介に努めず事実上紹介拒否の態度に出ていたことが認められる(此の点に関する証人福井初光、同永井久雄の各証言は措信しない)。尤も他面成立に争のない乙第六号証の一乃至十によれば前示決定後も原告等は同安定所にて失業認定を受け日雇労働者失業保険金の支給を受けていたことが明らかであるが前示各証人の証言によれば右失業保険金は四、五日間継続して失業の認定を受けなければ支給されずしかして一般日雇労務の場合連続して四、五日の間一日も就労し得ないことは輪番制を採つていた関係上あり得ないものであることが認められるから失業認定を受けたこと自体に依つて右安定所が原告等に対し一般日雇労務への紹介に努めたとは即断できずこれを要するに敍上認定の事実を綜合すれば右安定所において原告等に対し事実上一般日雇労務への紹介に努めなかつたに拘らず安定所として紹介拒否の意思決定をせず形式上は紹介に努めたが就労できなかつたものとして失業の認定をしていた事実が認められこれを以つて被告が一般日雇労務への紹介拒否処分をなしたものと解することはできず原告等の全立証に依るも一般日雇労務への紹介拒否処分の事実を認めることができない。されば被告が原告等に対してなした本件職業紹介停止処分は失業対策事業に対してのみであるといわなければならない。

そこで先ず被告が原告等に対してなした右就労紹介停止処分の取消を求める本訴の適法性についてしばらく考えてみる。新憲法は国民に勤労の権利あることを高く掲げているが制度的には完全雇傭は保障されておらず従つて国民は権利として就職、就労を国に対し主張し得るものでない。ただ国は政治の方向として国民各々をしてその有する能力に適当な職業に就かしめるため努力しており職業安定法はそれを主たる目的として存在する。しかして同法第十九条に「公共職業安定所は求職者に対してはその能力に適合する職業を紹介するように努めなければならぬ」との定めは右政策を明かにしたに止まり国民に具体的の権利を与えているものでないことは申す迄もない。この見地よりすれば前示就労拒否処分は直接に原告等の権利を侵し義務を命ずるものではない。しかしながら新憲法は国民の権利を尊び行政裁判所を廃し凡ゆる公法上の争訟を裁判所の裁判に服せしめている所以のものは公法上不利益を蒙つたものは裁判所に苦情を申立て(訴)得ることにより広く国民の法律上の利益を最終的に保障しているものと云わねばならぬ。従つて行政事件訴訟特例法第二条の行政庁の処分なるものは単に直接国民の具体的権利を侵し義務を課する行為に止まらず行政庁の行為にして国民の法律上の利益に影響を及ぼすものなればここに所謂行政庁の処分として右が違法なる場合これが取消変更を裁判所に訴求し得るものといわなければならない。ひるがえつて前示就労紹介拒否処分に付て検討するに証人早川周蔵、同福井初光、同南正矩、同鈴木一男の証言によれば原告等はいわゆる日雇労務者として四日市公共職業安定所より失業対策事業就労適格者と認定され適格証の交付を受け四日市市その他の失業対策事業に雇傭され昭和二十七年八月頃からは一ケ月約二十五日間の就労が確保されていたことが認められる。元来失業対策事業は多数の失業者が発生し又は発生するおそれある地域において失業者の状況に応じこれを吸収するに適当な事業として出来るだけ多くの労働力を使用することを目的として計画実施されるものであり事業主体においては公共職業安定所より失業対策事業就労適格者の認定を受けた者の紹介があつた場合は予算その他格別の事由のない限りこれを雇入れる義務がありかかる労働者と事業主体との関係は形式上は公共職業安定所よりの日々紹介により日々雇傭関係が生ずるにすぎないが事実上はその失業対策事業が継続するかぎりは継続的雇傭関係と同様になるものといわなければならない。しかして失業対策事業就労適格者の認定をうけた者でも公共職業安定所の紹介がなければ右事業に就労することができないのであるから原告等に対する被告の本件処分は被告主張の如く無意味なものではなく敍上の如く適格者の認定をうけ事業主体との間に実質上の継続的雇傭関係にあつた原告等にとつては右雇傭関係の解雇にも等しい結果を生ずるのである。被告は右決定をもつて単にその内部的な事務の処理方針を表明したにすぎないものであると主張するが成立に争のない甲第一号証の二、三、同第二号証の二に証人福井初光、同永井久雄の各証言を綜合すると被告は本件紹介停止決定をなすとともにその旨を同安定所内の原告等が了知し得る場所に掲示し且つ原告等本人に口頭をもつて通告していることが認められるから被告のなした本件紹介停止の決定は被告の統轄下にある四日市公共職業安定所の職員に対する指示としてなされたものではなく原告等に対してなされたものであること明らかである。

尤もかかる処分を取消しても事実行為の取消の如く何等の実効性がないとの見解も立つが宣言的の取消のみに止まつていて宜しとせずかかる取消は法上当然就労斡旋に努力する義務を生ずるものと解するから右見解には左袒しない。

然らば本件職業紹介停止処分はいわゆる行政庁の処分と観るべく右処分が違法になされたものとして原告等よりこれが取消を裁判所に訴求することは正当であり本訴が不適法であるとの被告の主張は理由がない。

よつてすすんで被告のなした本件紹介停止処分の当否につき判断する。

被告は先ず公共職業安定所がなす職業紹介は求職者に対する便宜の供与であつて求職者に何らの義務を課するものでなく求職者に如何なる職業を紹介するか又多数の求職者中より如何なる者を選択して紹介するかは全くその自由な裁量に委ねられているから本件紹介停止処分には違法の問題は生じないと主張するが日雇労務者中特に失業対策事業就労適格者と認定された者に対する紹介斡旋は緊急失業対策法の目的からして右適格者の現在数と失業対策事業及び公共事業の分量と睨み合せて適格者を公平に斡旋すべきであるから一般の職業紹介と異なつて広範囲の自由裁量に委ねられているものでなく本件の如き処分は格段の事由がない限りは自由裁量の範囲を逸脱しているものと解すべくこの点の被告の主張は理由がない。

然るところ被告は原告等はかねがね失業対策事業に関し前示職業安定所に対し種々な要求をなすに当つて同安定所の職員に対して脅迫の挙に出で特に昭和二十八年三月二日には暴行脅迫により同安定所の業務を妨害し重大な支障を生ぜしめ同職場においても規律を乱していたものであると主張するから案ずるに成立に争のない乙第二号証の十、同第四号証の十一に証人福井初光、同永井久雄の各証言及び弁論の全趣旨を綜合すると原告等は被告に対し日頃日雇労務者の完全就労と労働条件の改善を要求してきたところ昭和二十八年三月二日当日は雨天ではあつたが原告等(但し原告曹菊煥を除く)は他の日雇労務者多数とともに失業対策事業への就労紹介を受けるため当日午前七時頃より前示職業安定所に詰寄せてその日の就労紹介を求めたが同安定所としては従来から事業主体である四日市市当局との話合によつて雨天の日には失業対策事業への紹介はしないこととなつておりただその日の状況によつて四日市市役所土木課長の自宅へ電話連絡の上就労の紹介をすることになつていたが当日は雨が降つているからとその日の紹介を拒否したところ原告等(但し原告曹菊煥を除く)は他の日雇労務者等とともに多数同安定所事務室に入り込み事務室を占拠し言を荒げて当時の同所福井労働課長や同所永井所長に対し当日の就労紹介をなすべきことを強硬に主張し同人等が容易にこれに応ぜないと見るや原告等は興奮のあまり前示福井労働課長に対し暴言暴行を働きなおも所長に紹介を強要したため所長において止むなく四日市市当局に電話連絡をなしその了解を得て通常の時間より遅れて同日午前九時三十分頃原告等に対し当日の就労紹介をするに至つたがその間約二時間の間原告等(但し原告曹菊煥を除く)のため事実上同安定所の執務は不能となつたのみならず何人かによつて電話機が切断されたり書類が紛失することがあるなど同所の業務が著しく阻害されたことが認められこの点に関する証人鈴木一男の証言は措信せず他に右認定を左右すべき証拠がない。原告等は右三月二日には安定所の不当の措置に対し原告等の結成する四日市自由労働組合の有する団体交渉権に基き被告と団体交渉を行つたもので組合活動として当然の権利を行使したに過ぎず仮りにその間原告等の言動に粗暴な点があつたとするも団体交渉としてなした正当な行為であると主張するが右労働組合が労働組合法上の組合であるか否かはしばらくおき仮にそうだとしてもそもそも労働組合法上の団体交渉権なるものは使用者との関係において認められたものであり職業安定所は単に職業の紹介をなす機関にすぎず求職者との関係においては如何なる意味においても使用者の地位に立つものではないから事業主体との関係においてはともかく職業安定所に対しては団体交渉権は有せずただ原告等は職業安定所当局に対しその就労に関し職業安定所の業務を阻害しない限り種々な申出をなすことは差支えないが前示認定の行動はその許さるべき限度を超えていること明白であるから原告等の主張は理由がない。

しかして職業安定所のなす失業対策事業の紹介業務はその性質上早朝の短時間のうちに多数の求職者を順序よく扱わねばならない関係上失業対策事業の紹介においては他の場合以上の規律と秩序が保持せられて初めてその円滑なる運営がなされるものであるから被告が右安定所の紹介業務の円滑なる運営を期するため同安定所の紹介業務を阻害した原告等(但し原告曹菊煥を除く)に対し失業対策事業への紹介を停止したことは不当であるとはいえず被告のなした本件処分に違法の点はない。然らば原告曹菊煥を除きその余の原告等の本件職業紹介停止処分の取消を求める請求は理由がない。

次に原告曹菊煥に対する処分につき考えるに証人福井初光、同永井久雄の証言中原告曹菊煥も他の原告等と同様の行動に出ていたとの部分は措信できず他に同原告に付て前示被告主張の如き暴行脅迫業務妨害或は職場規律無視の事実を認むべき確証がない。尤も成立に争いのない乙第七乃至第十号証の各一、二によれば同原告は前示三月二日当日右安定所より職業の紹介をうけて就労し当日の賃金を支給されているように窺われるが証人南正矩、同鈴木一男、同早川周蔵の各証言を綜合すると右は同原告に代つて誰かが同原告のため求職の申込みをなし就労した如くにして賃金の支給を受けたものであつて同原告は当日の午前七時頃から津市に赴き右公共職業安定所に出頭していなかつたことが認められる。

然らば被告が失業対策事業適格者の認定をうけている同原告に対して格別の事由なくして当分の間失業対策事業への紹介を停止する旨決定したことは違法であつてこれが取消を免れないものというべく原告曹菊煥の請求は理由があるものといわなければならない。

果して然らば原告等の本訴請求中原告曹菊煥の請求は正当として認容すべきもその余の原告等の請求は失当として棄却すべきである。ただ現在尚原告曹菊煥を除く原告等に対する本件紹介停止処分を維持することが適当か否かは右裁判所の判断と全く別論であつて当裁判所としては本件処分以来相当の日子を経過している今日之を維持する必要が無くなつているのではないかとも考えられるが本訴は右処分をしたこと自体の違法を原因としてその取消を求めているものであるから本訴に関する限り右現在における当否は行政庁の判断に委ねねばならぬと思料する。

よつて訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条第九十二条を適用して主文のとおり判決する次第である。

(裁判官 西川力一 小久保義憲 家村繁治)

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